2024年で消えた駅名標風景 2
あけましておめでとうございます、というかもう一月も終わるんですが、昨年で消えた駅名標風景がまだまだありますのでご紹介します。前回の記事はこちら。
新夕張駅のゴナ駅名標

新夕張駅1・2番線の駅名標は2022年5月の時点で偽ゴナの見たことのないタイプに交換されました。隣駅が小さい富良野とも異なるここだけの謎タイプ。屋外筐体の日焼けや、隣駅のステッカーが増えていたものを一新したかったと思われますが、あっという間に滝ノ上駅が廃止。この姿は2年足らずで見納めとなりました。
なお、「かわばた」ステッカーは偽ゴナのものが用意され、違和感は少なく済んでいます。なお、3・4番線の新ゴ駅名標にも偽ゴナのステッカー、そして吊り下げ式には新ゴで更新されています。
新得駅の本社仕様は旭川仕様へ

新得駅の滝川方にある駅名標は実は貴重なもので、布部~落合間によくみられたタイプと同じ枠が残っています。同区間の廃線後はここが唯一の存在になるのではないでしょうか。駅名標は色あせた本社仕様がはめ込まれていましたが、廃止後はひらがなが少し大きい江部乙・妹背牛・美瑛・美馬牛と似たタイプに交換されました。本社・釧路・旭川の支社が入り混じるこのエリアに、珍しく旭川の手が入ったのは興味深いことです。
新吉野の縦横比がおかしい駅名標

このエリアの駅では以前多くの駅で標準デザインへの交換が行われましたが、一部そのまま残っていた駅がありました。それらのうち新吉野・豊頃の一部・十弗・利別・札内の一部、さらに大成・芽室の一部・御影の一部・十勝清水などの駅が新ゴ細字の新たなタイプに置き換わりました。目撃が少なく、交換時期がはっきりとはわかりませんが、2024年2月~3月頃の交換かと思われます。新吉野の縦横比がおかしい駅名標も見納めです。ところでこの横方向に比率の長い駅名標、他に見ませんね。実は金山駅にもあったのですが、文字の配置はこれと異なります。いったい何者なんでしょうか…
萩野駅


2019年の時点でこの薄さ。この一帯の日焼け駅名標の大部分が2024年に更新されました。窓がきれいな737系の導入により、駅名標の薄さが一層際立っていたこの区間。しかし先行して更新された竹浦駅の駅名標はまたダメになっており、他の駅も数年後どうなるかって感じです。きれいな駅名標は早めに撮影しましょう。
摩周駅の弟子屈駅名標

あまり話題になりませんでしたが、2024年下半期のどこかで摩周駅の駅名標がすべて更新されました。最大の特徴だったのが、弟子屈の跡が残っていること。夜に見るとくっきりと分かりました。更新とともに駅名標照明も撤去。しかし枠は黒のまま残りました。ちなみに後ろは流氷物語号の送り込み運用が代走した普通列車です。
磯分内駅のゴナ駅名標

ここ数年でこの一帯の駅名標も続々と更新が行われ、古い駅名標は激減しました。枠と板が同時に交換された駅と、塘路のように枠と板の更新がズレた駅があり、磯分内は前者です。この駅、写真の駅名標は枠が残りましたが、もう片方は珍しく枠ごと更新されました。いや2枚体制を維持していただいてありがとうございますって感じで、驚きです。なお駅名標照明は残存していますが、1年以上前から切れかけで、1月時点でもそのままです。
母恋駅の掲示器

輪西駅・母恋駅は壁面に内照式駅名標が点いていることで有名、いや有名ではありませんが、2024年12月に母恋駅がペラペラに更新されました。残念ではありますが、これまでのペラペラと比べて圧倒的に違和感が少なく見えます。ペラペラって基本的に残念なんですが、母恋に限ってはあまり残念さを感じない、発展的な更新とも思える見た目です。
幌向駅

いや~更新されちゃいましたね。これまでも遠軽など、431とともにどさくさに紛れて更新される駅はありましたが、純粋にLEDタイプしかない駅の更新はここが初めてなのでは。12月の時点で、夜になっても駅名標が点灯しないという怪しい期間が2週間ほどありました。どうなるかと思っていたらペラペラに更新。ああ残念。
美唄駅


エリアが同じと思われるこの駅も更新です。数年前から照明が死んでたんですよね。消灯した途端にどことなく色褪せた雰囲気になっていましたが、更新により少しだけ生き返ったような雰囲気はあります。
初の建植式撤去・朝里駅

裏蓋が落下した「銭函事件」の影響なのかなんなのか、朝里駅ではまさかの「建植式撤去」が行われました。4枚のうち3枚が撤去。小樽方面ホームにはお粗末な代替品を除いて駅名標が消滅してしまいました。札幌方面ホームの1枚のみ残りましたが、ホームの一番後ろまで下げられて静態保存されたような雰囲気。駅名標照明が当たり前のように点いていた往時の輝きはありません。
理由として考えられるのは2点。老朽化を未然に防ぐことと、観光客の記念撮影を防止することです。最近の朝里駅は外国人観光客が増えており、ホーム上で危険な撮影をする事象が多発しています。ホームの端に駅名標という「観光スポット」を放置しておくのは危険なのです。そのため駅名標を1ヵ所に絞り、その1ヵ所も列車運行とできる限り関係のない場所に移したのではないか、というわけです。

ちなみにこの時は、稲穂駅・ほしみ駅で実施された小樽方面ホームの券売機撤去に合わせて、朝里駅の乗車駅証明書はどうなっているのかを調査しに出かけたときの写真です。まさかこっちが消えるとは。なおこの写真の奥の奥に写っている733系は4000番台です。奇跡のコラボ!!!
2025年は
まず願うことは、朝里駅に続く駅が出ないことです。例外中の例外でしょ??と信じたいですよね。そして、ほぼ姿を消しつつある日焼け駅名標の葬式でしょうか。3月のダイヤ改正で個人的に注目している駅は赤平。あの吊り下げ式はどうなってしまうことやら。そして幌向が更新された以上、LED式の駅名標にも目を向けたほうが良いかもしれません。
基本的に衰退を続ける駅名標という分野ですが、少しでも明るいニュースがあるといいですね。
2024年で消えた駅名標風景 1
今年も終わりですね。今年は駅名標の視点で一年を振り返っていきたいと思います。なお、あくまで私の視点であり、更新時期は多少異なる可能性があります。
幌別駅の吊り下げ式

今年の鉄道旅は1月4日からスタートしましたが、特急列車の車内から、やや久々となる吊り下げ式駅名標の更新を目にしました。吊り下げ式としては地味な存在であった幌別駅が没落。同時に薄型LED式の番線標も交換されました。コンコース階にも掲示器があるのですが、おそらく残っていないでしょうね。
ちなみに写っているH100形も現在は運用が減っています。
苫小牧駅の日焼け駅名標

駅の端に忘れられたように設置されている駅名標、今年更新されました。覚えていたんだこれって感じです。名所案内板が更新されるような驚きがあります。
登別駅の跨線橋工事

みなさん登別駅の跨線橋工事のこと、すっかり忘れてませんか?いつの間にかほぼ完成しています。葬式はお早めに。空とともに撮れた期間限定の景色です。新しいと思いがちな登別駅の駅名標ですが、実物を見るといつまで残るかって感じです。
なお登別駅では、1番線の日焼け駅名標も今年更新されています。
中ノ沢駅


ターミナル駅の隣が廃止になるというのは寂しいものです。見慣れた駅名標がステッカーになってしまうので。なかのさわ・ふたまた・あさひはまがあっておしゃまんべがあるんですよね。2つも変わってしまいました。
星置駅

星置駅の吊り下げ式駅名標は合わせて3枚ありますが、ここ数か月はうち2枚の点灯を確認できていません。そして小樽方面の番線標も光っていません。どうなることやら。
塩狩駅の日焼け駅名標

塩狩駅の駅名標は9月時点で4枚すべてが天塩川温泉・幻の名寄高校タイプに更新されました。それにしてもすごい雪で、北海道の駅名標は生半可な気持ちでは設置できないことが分かります。
枠のみの石狩月形駅

廃線後初訪問。いやあ、この光景には思いがこみ上げてきました。列車交換のたびに降り立ったホームですからね。
そんな駅跡ですが、なんと再整備が行われ、片側にレプリカの駅名標がハメられました。フォントが新ゴで雰囲気は異なりますが、レプリカとしては良いものです。また行きたいですね。今年は除雪されているのでしょうか?
富良野駅の双方向駅名標

富良野駅では2021年4月に、JR北海道初期型を模した?かのような他では見ない駅名標が更新・設置されました。これけっこう好きだったのですが、3年足らずで見納めです。現在は遠軽みたいな感じになってます。あれはあれでデザインとしてはいいんですけどね。
金山駅の駅名標倉庫

駅名標を除雪機の倉庫の一部として使う、世にも奇妙な駅がありました。金山です。こんな使い方してる駅、ほかにないですよ。ちょっと景観破壊ではありつつ、面白かったんですが、廃止されてしまいました。

うーん、改めてみるとわけわからんな、これ。
駅名標がそれだけ頑丈なものだったという証ではあります。この区間は幾寅を除いて国鉄時代から全く枠が変えられていませんが、取り換えるのも大変だったのでしょう。留萌線秩父別駅では2022年8月ごろ、ホーム短縮に伴う駅名標移設の際に四苦八苦していたとの情報もあります。幾寅はドラマの撮影のため駅名標をいったん抜く必要があったのでしょうかね。
植苗駅のコピー用紙

それでも第一種駅名標か?とオタクを騒がせた駅名標。今パッと調べたところ2023年12月ごろから、発祥の地は社台だったはずです。このコピー用紙駅名標の唯一の美点は、夜間にちょっとだけ内照式っぽくなっていたこと。それ以外は本当にひどいものです。「大切にしましょう 駅は街の顔です」と言っていたのは誰なのでしょうか。
奈井江のみしっかりした表記が復活したものの、それ以外の小駅は見捨てられた…とおもいきや、先日虎杖浜・社台・植苗の3駅が復活していました。それ以外の各駅も復活を願いたいものです。頼むから一時的な姿であっていただきたいですね。
深川1番線の点灯

深川はこれまで贅沢に点灯していたはずなんですが、一時期6番線の消灯が見られたりしていました。そして1番線の駅名標は今年3月以降、一度も点いている姿を見たことがありません。駅長事務室の看板が撤去されたのが2023年の終わりごろ、とのうわさを聞くため、そのころに何かあったのかもしれません。この駅名標、消灯していると真っ暗なんですよね。残念です。
茶志内のゴナ駅名標

函館線岩見沢~滝川間と根室線滝川~富良野間では近年、枠を白く塗装し、そのあと板を交換する2段階の駅名標更新が流行っています。枠と板は同時に更新されることもあれば、1年以上間が空く駅、1年以上待っても更新されない駅もあり、これは残るのか?と思っていましたが、今年10月時点で更新されてしまいました。このほか峰延もすべて更新されてしまい、現在岩見沢~滝川間のゴナ駅名標は、豊沼の1枚しか残っていません。
まだ一年の半分にも達していません。今年消えた駅名標ってこんなにあるんですね…自分が一番驚いています。それでは続きます。
小樽駅の電光掲示板が一部更新されました
こんにちは。いきなり本題ですが、小樽駅の電光掲示板がなんか変わっていました。もともと10月中旬時点で変化が確認されていたものですが、先日ちゃんと見てきましたので、ここにまとめます。内容としてはちょっと上級編かもしれません。
ところでこのブログで発車標を取り上げるのはこれが初でしょうか? 私が発車標に興味を示したのは2016年ごろですが、そのときこんな内容のブログが見たかったんだよ!という内容になっていると思います。

まず確認できたのが、橙色の色味が変わったことです。確かに黄色っぽかった色が濃くなっています。2013年?ごろまで見られた旧LED基板を思い出す色合いです。

その後5番線のホームに上がり、なんとなく挙動を見ていたのですが、「あれ?数字フォントちがくね?」ということに気付き、色味以外も変更されていることに気付きます。いままでの数字フォントはもっと細長い、ややバランスの悪いものでした。それが全角のような文字に変更されています。よく見ると日本語部分にもわずかな差が。そうです、フォントが苗穂・恵庭・新千歳空港でも見られる「カルチ明朝」に変更されていました。おうおうおう、どうする気だ。
そのうち、「 普 通 」のフォントもなんか違うことに気付きました。ここで「内蔵フォント」の概念が生まれます。このシステム、普通や倶知安など、工夫しなくても表示できる文字は、内蔵フォントでベタ打ちされているらしいのです。へぇ~~ 一方「札幌・新千歳空港」など、独自の設定(外字登録?)をしないと表示できない文字は今回の変更でも変わっていません。これは苗穂タイプでも同様です。

倶知安の英語表示。日本語よりわかりずらいですが、こちらも苗穂と同じようにフォントが変わっています。

とここでさらに謎を発見。改札の表示は未更新のままです。え?

おまけに1・2番線も(この写真ではわかりませんが)未更新。え、なんで??? 今日から更新されはじめました、というなら分かりますが、もう初の目撃から1か月近くたっています。全部は更新する気ないの??
ちなみに1番線札幌方のこの面だけ、やけに表示がチカチカしていました。肉眼でもわかるほどのチラつき。このLED基板はふだんは表示の信頼性が高く、なかなか珍しい場面でした。
啓発スクロール表示
現在小樽駅ではICカード使用不可に関するスクロールが何故か中国語のみでひっきりなしに流れています。特に4番線ではスクロールの間隔が極端に短く、2段目に列車の表示があるのはわずか数秒間というほど頻繁です。この発車標そんな間隔でも設定できるんですね。ほかで見たことないです。あ、運休スクロールエンドレスを除いて。
そんな中国語スクロールですが、これも改札と4番線ではフォントが異なっています。


駅番号のフォントなどが分かりやすいかと思います。また、色味も異なることが分かります。なお、この2枚は同じシャッタースピードで撮影しているのですが、明るさに大きな差はないことがうかがえます。基板は交換してなさそうですね。
FO明朝、終わりの始まり?

札幌近郊で約30年もの間当たり前にみられてきた、FO明朝による発車標。これまでも消滅の可能性がたびたび話題になっていて、特に帯広・釧路や、大沼公園・森・八雲のフォントがゴシック体になった時は、いつ札幌近郊にこの波が来るかヒヤヒヤしていました。しかしその波が来ることはなく、苗穂でまさかのフルカラー明朝体登場。新千歳空港でもフルカラーの明朝体が登場し、一方白老はゴシックとなるなど、どっちなんだよ状態。そんな中今回細々と、でも大きな変化がありました。
後述するLCD化とともに「フォントのUD化」という形で、これまでのFO明朝による表示が消滅してしまうかもしれません。
函館線システムの発車標更新との関連は
現在、函館線システムの駅では発車標のLCD化が北から順に進められています。これを書いている時点では砂川あたりまで来ています。その中で、滝川駅跨線橋のLED型が残存する見込みであることなどが分かってきています。
現在の函館線は岩見沢を境に路線環境が、幌向を境に発車標機器が変わっています。(幌向の発車標って江別~小樽間とちょっと雰囲気違うんですよ。これ広まってほしい)幌向以南、江別~小樽間ではすべての有人駅にLED式の発車標があることが特徴であり、それらの駅がどのように更新されていくかはかなり注目しています。
今回改札・1番線・2番線の発車標はフォントが更新されていないことが気になります。これは何を意味しているのか、今後更新されることはあるのか。そして、今のところ小樽駅以外でこの変化は確認していません。変わっていない駅は、LCD化されてしまうのか。
変化の波が…
発車標趣味を初めて8年。札幌市営地下鉄の3色式がいよいよ消滅しようとしている中、JRにも変化の波がやってきました。しかしもう8年ですか、早いものです。一時期全滅するかと思われた明朝体による表示が今でも存続していることは、うれしいことです。なんだかんだ明朝体のほうが味があり、張りがあるような気がするんですよね。圧倒的になじみがあるこのタイプの発車標を、これからも変わらずに追いかけていこうと思います。
ところで
オーバーツーリズムが問題となる昨今ですが、小樽はこの日も観光客でごった返していました。その中で目立つのが、日本人・外国人問わず、どれに乗っていいのか分からない乗客や、上がるホームを間違える乗客です。ちゃんと表示を見なさい、と言いたくなる一方、改札でもホームでも「普通 札幌・岩見沢 2」としか書かないこの発車標はややぶっきらぼうにも感じられます。また、改札では1・2番線の列車も左側に表示し、5番線の発車標はホームがない場所に左矢印を指して表示されています。私にとってはどちらも当たり前であり一発で理解できますが、ほかの人はそうでもないようです。もうちょっときめ細かい案内を検討する必要があるのではないか、とも感じました。でもその結果が永山から始まった文字が小さすぎるアレ、と思うと何とも言えないですね…
2025年9月上旬追記
その後、小樽2・3番線、小樽築港駅のホーム・手稲駅の階段前とホーム・北広島駅のすべてでもフォントが変わりました。相変わらず小樽駅や手稲駅の改札口上は変わっておらず、LCD化されるのでしょうか。一方、現時点で琴似~滝川間(森林公園・厚別・桑園を除く)の各駅でLCD化が行われましたが、ホームや跨線橋の表示は、札幌経由表記の追加はあれど、FO明朝体のままとなっています。
宗谷本線の駅名標にあった蛍光灯型の照明
駅名標照明、と呼んでいいのか分かりませんが、建植式駅名標の上部に取り付けられている白熱電球や蛍光灯型の照明設備。山手線の駅でさえ駅名標を消灯する昨今ですが、ほんの数年前まで北海道ではまぁまぁありふれていた設備でした。その中で、やけに蛍光灯型の照明が目立つ路線がありました。宗谷本線です。

咲来駅の例です。だいぶ錆びていますね。なお現在は照明が外されています。

美深駅です。枠も照明も咲来駅と同じタイプに見えます。電線が地中からか上からか、という違いがありますね。この時代は有人駅だったこともあり、除雪が丁寧に行われていたと思われ、照明があまり錆びていません。もしくは、塗り直されたのかもしれません。
しかも、「つちぶた本舗全駅訪問の旅」などで昔の駅名標を見ていると、これより咲来より小さな駅でも駅名標照明が設置されている駅が多くあります。これはなぜなのか。昔からなんとなく疑問に思っていました。
以下に抜海以南の宗谷北線の駅名標照明設置駅と、電線が上からか、地中から伸びているかを列挙します。特記のないものは「つちぶた本舗全駅訪問の旅」より、2005年ごろに撮影されたものを参照しています。なお、ざっと見渡してまとめただけで、あまり精査はできていません。ごめんなさい。
- 抜海#2:蛍光灯型 上
- 勇知:蛍光灯型 上
- 兜沼#1:2004年時点で蛍光灯型撤去跡
- 兜沼#2:正方形型 上?
- 芦川:1989年時点で電球型、2001年時点で蛍光灯型 上
- 徳満:2001年時点で撤去
- 下沼:蛍光灯型 地中
- 幌延:正方形型
- 上幌延:蛍光灯型撤去跡 上
- 南幌延:なし
- 安牛:蛍光灯型 上
- 雄信内:蛍光灯型 地中
- 糠南:なし
- 問寒別:2001年時点で電球型の撤去跡
- 歌内:蛍光灯型 上
- 佐久:蛍光灯型 上
- 筬島:蛍光灯型 地中?
- 音威子府#1:蛍光灯型 2002年時点で地中廃止・上?
- 咲来:蛍光灯型 上
- 天塩川温泉:なし
- 豊清水:蛍光灯型 地中
- 恩根内:蛍光灯型 不明
- 紋穂内:蛍光灯型 上?
- 初野:なし
- 美深:蛍光灯型 地中
- 南美深:なし
- 智北:なし
- 智恵文:蛍光灯型 上
- 北星:なし
- 智東:蛍光灯型 地中
- 日進:なし
さて、仮乗降場タイプの駅にはありませんが、それ以外のほとんどの駅には蛍光灯型の駅名標照明が設置されていることが分かります。例外は2005年時点で枠の老朽化が著しい上幌延駅や、2001年時点で極端に利用が少なかったと思われる徳満駅くらいです。あとは大都会問寒別になぜかないのは謎です。
なお、蛍光灯型が跡形もなく撤去された駅では、その前に設置されていたと思われる電球型のネジの跡が現れる駅があります。歌内駅などがその例です。
ここでなんとなく感じられるのが、発足間もないJR北海道が、盛土式ホームの駅を主要駅のような位置付けとし、駅として生きた姿を保とうとしていたことです。当時はまだ緑色がそれほど劣化していない貨車駅舎もラベンダー色に塗り替えたのでしょうし、わざわざ蛍光灯を設置するくらいには乗客に駅の存在を主張しようとしていたのです。それがやがて安牛駅のようにボロボロになり、今に至ります。改めて宗谷本線の貨車駅舎の姿を眺めていますが、礼受のように海が近いわけでもないのに、異常ともいえる姿です。
蛍光灯の照明は1990年代に交換されたもの
駅名標照明が交換されたことが分かる数少ない資料が芦川駅です。
国鉄時代の駅名標です。天北線のような雰囲気を感じますね。しかしそれよりも駅舎の窓がすべて全開にされているほうが目を引きます。
1989年時点では電球型の照明です。国鉄民営化から2年、板はJRのものに交換されています。
2001年時点では蛍光灯型に交換されています。なおこの年に廃止されています。
国鉄時代に蛍光灯型の駅名標照明はなく、1981年に開業した石勝線でも各駅の照明は電球型です。JR化後、1990年代ごろに交換されたものらしいのです。
抜海駅2番線の廃止
先日、抜海駅と佐久駅の2番線が廃止され、すぐに駅名標も撤去されました。そのとき、この写真を目にしました。
本日の当方の検索ワード「抜海」
— あめをか (@ameokajiru) 2024年9月23日
ーーー
(写真)
1993年3月 ワンマン用ミラーが建てられた頃 pic.twitter.com/53t78Fvz9D
1993年時点で、抜海駅2番線に蛍光灯型の駅名標照明が確認できます。また、枠はかなり低いものであることも目を引きました。そして当時、車掌常務のキハ56が運行されています。
蛍光灯はキハ56時代のもの?
この写真を見てなんとなく、「蛍光灯型の駅名標照明は、運賃表示器・自動放送のないキハ56の時代に、駅名の確認をしやすくするためなのかねぇ」と感じました。そしてワンマン化後は急速にその役割が失われていった、と。
年表を見ると、このようになっています。
・・・あれ?ワンマン化が思ったより早かった。というか元のツイート通り1993年です。民営化から5年で、すべてが行われているわけです。
1991年ごろ、宗谷北線運輸営業所が発足する前後で、各駅イメージアップのために、電球型の照明を蛍光灯に更新する・・・そんなことが本当にあったのでしょうか?信じられない話です。
謎が深い蛍光灯
というわけで、どういう未来を見据えて設置された蛍光灯なのか、本当のところはよくわからないままです。そして2001年ごろには錆び始めており、メンテナンスが満足に行われていなかったことがうかがえます。いったいいつまで蛍光灯の交換などをしていたのかも、今となっては謎です。
現在、今回取り上げたタイプの照明が残存している駅は、撤去や更新によってほとんどなくなってしまったと思われます。枠さえ残っているか怪しいですね。それこそ佐久と、筬島、咲来くらいでしょうか。
現在の日本最北端の駅名標照明設置駅は・・・どこなんでしょうね。蘭留?さみしくなったものです。
浦幌町立博物館にある根室本線の時刻表からわかること
根室本線は滝川駅と根室駅を結ぶ、全長443.8kmの路線です。というのが、あと数日で過去のものになります。この最後の春、私は根室本線の全線を走破する、最初で最後の旅をしてきました。その中で地味に気になることを見つけたので、ちょっと研究します。根室本線が分断される前に、根室本線を時刻表の視点から見てみましょう。
浦幌町立博物館
旅の後半、初めて浦幌町を訪れました。以前から気になっていた浦幌町立博物館で、企画展「十勝の鉄道120年」が行われているためです。

私の一番の目的はやはり駅名標です。ふるさと銀河線の本物の駅名標を生で見るのがこれが初めて。本別駅の駅名標ではやはり「おかめどう」が気になります。よく見てみましたが、せんびりと全く変わらない大きさ・フォントで、完璧な修正が行われていることが分かります。こういうのは実物を見ないとわからないことです。
そして、上厚内駅。8年前に生で見たことがありますので、博物館に収蔵されているのが不思議な気分です。
謎の時刻表

その中で、気になることが。各駅の時刻表が4枚ほど展示されていたことです。自分にとって、これは初めて見る謎の時刻表です。なんだこれ?こんな古いの使ってたんだっけ?
そして、写真左側の上厚内駅時刻表は、いつ使われていたのかがはっきりと分からないといいます。時刻という情報が掲載されているのに、です。
この展示を企画された持田誠さんは、「近年の度重なる廃線に伴う鉄道資料の収集が追い付いていない」とおっしゃっています。これについて、私は「駅でオタクがあんなに写真を撮ってるのに、不思議だ」と思っていました。でも確かに言われてみれば、私もこれがいつのものかはすぐにはわかりません。たかだか30年前のことなのに、意外とわからないことが多いのです。
札幌駅の旧運賃表って?
そして、これは身近なところでも追いついていません。たとえば、札幌駅の消費税8%値上げ前、つまり2014年までの「運賃表」はどんなデザインをしていたか、皆さん覚えているでしょうか。私は完璧には覚えていません。そして驚くことに、これについてネットで検索しても、ほとんど画像が出てこないのです。
2014年までの運賃表は、駅ごとにデザインがばらばらだったといいます*1。確かにそういえば、札幌圏の駅でも2006年に廃止された「中徳富」の表記を消して使い続けていた光景を覚えています。でも、それらの画像が全然出てこない。身近なものすら過去のことがこれほどに分からないということに、危機感を感じます。
この時刻表からわかること
この時刻表から分かる、個人的な注目ポイントをいくつか紹介します。
いかにも釧路支社
白地に黒文字。いかにも釧路支社感を感じる時刻表です。これ右は民営化後なんですよね。こんなもの使ってたことに驚きがあります。さすがは釧路支社って感じです。(が、後述しますがこの感想は誤りで、このタイプの時刻表を使っていた期間は、本社管内のほうが長かったようです)
フォントはゴナ
フォントはゴナです。右側浦幌駅の一部数字フォントはウエイトが違いますが、新ゴではなさそうです。そしてよく見ると、「上り帯広方面」などの帯広だけ書体が異なり、手書き?になっていることが分かります。他路線でも汎用的に使えるようになっていたのでしょう。
列車名と記事
時刻・列車名・行先・のりば・記事。国鉄の時刻表ではこれが定番だったと思われます。ちょっと調べてみると、かつての釧路駅*2や富良野駅*3には「種別」欄があるものや、ごく最近のトマム駅では種別が省略されているものがある*4など、種別の有無はまちまちです。
上厚内駅の時刻表は「222D」などの列車番号です。都会で暮らす私たちにとって、今の時代ではかなり違和感を感じますが、地方の鉄道ファンは今でも「4012D」などと呼ぶことから、当時は一般客の間でも多少の認知度はあったのでしょうか。しかし「列車名」なんですかね??って感じで、やっぱり違和感。
そして、浦幌駅の時刻表では列車名は「普通」「特急」となり、記事欄に「特急おおぞら〇号」の表記があります。上厚内駅時刻表にある「帯広ー札幌間急行」の記事からの流れでは自然に見えます。
吊り下げ式
この時刻表の特徴的な点は、吊り下げて展示されていることです。フックや穴などももとからあったものなのでしょう。冷静に考えてみれば、いまどき時刻表が吊り下げられている駅なんてあるか?近鉄の鶴橋?というのが、今回の記事を書くきっかけです。
近年の釧路支社の時刻表はどうなっているか
いまどき時刻表の板が吊り下げられている駅なんてまず見ませんよね。ちょっと釧路支社の駅を見てみましょう。

時間帯により有人駅の白糠駅。時刻表は縦長のものが目線の高さに合わせて掲出されています。板ではなく、中身が変えられるパネルです。なんていうんでしょうあれ。

根室本線では最新?の駅舎を持つ新大楽毛駅。といってももう11年も経ったらしいです。マジかよ。津波避難情報、時刻表、運賃表が上揃えで掲出されています。枠はシルバーの新しいものです。

意外にも「記事」欄は今も存続しています。東釧路駅では快速列車の停車駅が一覧になっており、賑わいがあります、快速しれとこ摩周号の停車駅案内を葬式するために撮影したものです。今回、この時刻表を見下ろすように撮影しているのがポイント。決して見上げていないのです。
浦幌に展示されている時刻表は、いつ、駅のどの位置に掲げられていたのか、という疑問が生まれます。
レア!根室駅の運賃表
そういえば、浦幌町の展示を見る前には8年ぶりに根室駅を訪れていまして、とある看板の貴重さに気が付いていました。それがこちら。

道内ほとんどの主要駅が地図式の運賃表となっている中、根室駅だけは一覧表形式の運賃表が今も現役なのです。おお~これは珍しい、と撮影した一枚です。根室駅が終着駅で単純な路線図になることも関係しているのでしょうかね。
とここで。
この運賃表、吊り下げ式なんですよ。しかも。

そして、浦幌に展示されていた運賃表ともかなり似ています。根室駅はやはり国鉄スタイルの生き残りだということが分かります。
そんな根室駅の時刻表は

根室駅の時刻表はこちら。外照式照明が珍しいでしょうか。なんか主張の強い、現代的なものです。歴史も何も感じませんね。
・・・と思いきや。実はこの掲示する「場所」が、ポイントなのです。
そういえば!本社管内に…
よくよく考えてみると、本社管内にも時刻表を「見上げる」駅を思い出しました。学園都市線の終点、新十津川駅です。新十津川駅はあまりにも有名な駅ですから、たくさんのオタクが時刻表を撮影しました。そのおかげで、ネットで調べればすぐに出てきます。出てきました?みんな見上げて撮っていることが分かりますよね。

手元にある2つ隣の下徳富駅の1往復化直前の写真も見てみましょう。おうおうおう、なんか釧路支社スタイル、いや国鉄スタイルではありませんか。本社管内には、釧路支社よりも長く、2016年ごろまで国鉄スタイルが採用されていたようです。
そして、時刻表の掲示位置が、上。これぞ国鉄スタイルなのではないか、ということに気づきます。そして、上は上でも、改札口の扉の上です。根室駅の時刻表の掲出位置は、ああみえて国鉄スタイルなのです。
模範的な配置!茂尻駅
もっと国鉄のにおいがムンムンする駅を見つけました。根室本線の茂尻駅。

時刻表の位置が、改札口の扉の上。そして、時刻表が斜めに吊り下げられています。浦幌に展示してある時刻表ってこういうことなのでは!と気づいた瞬間です。
釧路支社管内には現存せず
このような駅は、調べた限り釧路支社には現存していません。理由として考えられるのは、1990年代の終わり頃に、ターミナル駅を除く釧路支社各駅の時刻表の方式を一斉に変更した可能性です。より見やすいよう掲出位置を目線の高さに合わせた位置に変更した可能性があるのです。その際時刻表も縦長に変更し、旧仕様の時刻表が町に寄贈されたのです。
根室線・直別駅
— 北海 太郎 (@Hokkai__Taro) 2023年11月21日
2019年3月16日からは信号場となっている
写真は旧駅舎で、待合室には机があった
訪問の半年後に十勝沖地震の被害を受け、現在も残るログハウス型の駅舎となった
駅舎の被害のほか、当駅構内で下りまりもが脱線した
かつては釧路駅から当駅までの区間列車も設定されていた
(2003/3/25) pic.twitter.com/RIbrTvjh4G
2003年3月に撮影された直別駅の旧駅舎です。すでに時刻表が見慣れた形式に変更されていることが分かります。
数少ない例外
調べていくと、例外の駅もいくつか見つかります。これは時代の変化の中で生き残った希少な例です。
縦長の時刻表が吊り下げられた西庶路駅
2003年に撮影された西庶路駅の待合室。当時は簡易委託駅だったようで、時刻表がホームに出る扉の上に、なんと斜めに吊り下げられている、茂尻駅と同じ光景です。運賃表もよく見るとひもで吊り下げられており、国鉄様式といえます。
西庶路駅は2005年7月に無人化されたようで、無人化後には埋められた窓口跡に時刻表が移設され、この光景は過去のものとなっています。
運賃表が吊り下げられた尺別駅
2011年5月に撮影された尺別駅の待合室には、ホームに出る扉の右横に釧路支社特有の地図式運賃表が斜めに吊り下げられています。これも国鉄的な考え方のもと設置されたものが近年まで残り続けた例です。なお、のちにやや下側の壁掲示に変更され、現在は廃駅となっています。
根室本線尺別駅待合室
— 元最北のリスナー (@soya_cape) 2017年3月6日
1983→2012
変わったところは壁が塗り替えられたことと灰皿が撤去されたことくらいかな・・ pic.twitter.com/pCkmLz7H1t
もっと古い写真を持っている方がいらっしゃいました。1983年当時はなぜか駅前側に、根室駅と似た様式の運賃表のみが吊り下げられていたようです。
電照式の巨大時刻表があった新得駅

ありましたよね、昔。これは私も生で見たことがあります。新得駅独自の様式で、あまり古さは感じさせないものでしたが、昔のターミナル駅はどこもこうだったのでしょう。現在電照式のものは撤去されています。
釧路支社を見習った第三セクター「ふるさと銀河線」
第三セクターというのは今も昔も国鉄やJRを見習い、その伝統を大切にする傾向があります。結果として青い森鉄道では、JR東日本の一昔前の光景を今に残したりしています。それがふるさと銀河線でも起こっているのではないか?と思ったら、やっぱりそうだったんですよ。面白いですね。
大誉地駅の時刻表です。「およち駅」と書いてあったところの裏、つまり改札口上に掲げられています。立派な板である点、横長な点、そして内容も浦幌に展示してある様式そのままですよね。うお~~~~
これは新駅舎の足寄でもそうだったようです。ほら、第三セクターはJR支社の真似をするんです。面白いですよね~ 今の道南いさりび鉄道とかも、きっと面白いはずですよ。
本社管内に残る「改札口上の時刻表」は貴重
さて、浦幌に展示してあるようなタイプの時刻表はリニューアルにより、現在釧路支社にはまず残っていません。根室の例も場所だけで、様式は相当変えられています。ところが、本社管内には多く残っています。快速列車のヘッドマークは律儀に残してきた釧路支社ですが、時刻表に関しては完全な逆転現象が起こっているんですね。
そして、その中でも多く残っている気がするのが、かつての学園都市線と石勝線、根室線滝川~新得間です。

亜種もあります。先日廃止された滝ノ上駅は1981年の石勝線化と同時に改築・無人化された駅で、改札口というものを持っていない美々植苗タイプの駅舎です。それでも時刻表は目線より上の高さに掲げる思想を持っており、それが廃止まで変わらずに維持されてきました。
富良野~新得間の駅も貴重
せっかくですから最後に富良野~新得間の駅を取り上げましょう。この区間も「改札口の上に時刻表」の国鉄スタイルをとる駅が非常に多い区間です。写真があまりありませんが、まとめてみます。
こんなに「上」が連続する区間、もう北海道ではここだけなのではないでしょうか。興味深いのが、これらが今日まで残ったのは「1994年に本社管内に移管されたおかげ」ということです。もう廃止されてしまいますが、この区間、実はこんな特徴もあったんですね。
ちなみに例外である山部駅は1988年に釧路支社が改築した新しい(?)駅です。この時すでに釧路支社は、時刻表の位置を目線の高さに下げたいと思っていたらしいことが分かります。意外ですね。下金山駅と落合駅は改札口を持たない美々植苗タイプの駅です。余談ですが、落合駅の構造って不思議だなぁと思います。

あと数日で廃線になる根室本線のこの区間で何気なく見上げていた時刻表は、実は貴重なものだったのだ。もっと早く気付きたかったですね。
おわりに
浦幌の博物館にある4枚の時刻表は、ネット上で画像を探しても当時の様子が全く出てきません。しかし、周りの駅を見渡すことで、ここまで奥深いことが推測できます。しかしながらそれらのこともどんどんできなくなっていく。ここに鉄道資料が残らないという危機があるんだと思います。時刻表がどこに掲出されていた、だからなんなんだ、とも言われそうですが、素朴な「なんで?」を説明できないの、もどかしいですよね。
私たちができることといえば、今あるものは何でも撮影しておく、くらいでしょうか。そしてその写真はいつ撮ったのかをちゃんと残し、なぜそうなったのか、というのを知っているなら書き留めるなりして記録に残しておく、これに尽きるのかなと思います。
*1:「外国人旅行者にやさしい鉄道目指す」東京都オリンピック・パラリンピック調整部(2021年7月9日)
*2:「釧路駅/コンコース - No.03」釧路の鉄道少年(2016年10月13日)
*3:「広尾駅って知ってますか」熊式。(2017年6月20日)
JR北海道のマジキチ自動放送はどのくらい現役か
JR北海道のマジキチ自動放送というものがあります。鉄道ファン以外にも知られた存在であり、日本で有数の知名度のある自動放送といえるでしょう。2013年に投稿された動画らしいので、もう11年経ったことになります。
放送内容
急ブレーキを使用することがありますので、お立ちの際は手すりなどにおつかまりください。
皆様おはようございます。今日もJR北海道をご利用くださいましてありがとうございます。
まもなく、出口は右側です。
お降りの際は、足元にお気をつけください。
この列車には、優先席がありますので、座席を必要とされるお客様に席をお譲りください。
特に、お子様連れのお客様は手を離さずにお降りください。
携帯電話は、優先席付近では電源をお切り頂き、それ以外の場所では、マナーモードに設定の上通話はおやめください。
左側です。
次は、発寒中央へおいでのお客様はご乗車、ありがとうございます。
桑園へおいでのお客様と、なお、隣の桑園で再度、千歳線 お降りのお客様は、忘れ物の無いようお支度ください。札幌に到着致します。
普通列車、終着、どちら様も江別に到着致します。ありがとうございました。お気をつけください。岩見沢に到着致します。
札幌まで、普通列車です。
いしかりライナーとなり途中琴似と手稲から学園都市線、稲積公園へおいでのお客様は手稲からはつり革や小樽に到着致します。
野幌と江別から苗穂へおいでのお客様と森林公園へおいでのお客様は、高砂へおいでのお客様は江別からは滝川に到着致します。
江別までの各駅と厚別へおいでのお客様は手稲に到着いたします。ほしみに到着いたします。
快速ニセコライナー、小樽の順に停まります。
小樽からは朝里へおいでのお客様はおよそ2分で倶知安に到着いたします。
小樽まで稲穂へおいでのお客様は区間快速列車、席を離れる際は貴重品や手回り品に千歳線直通、携帯電話をお持ちのお客様、新千歳空港へおいでのお客様は石勝線の苫小牧方面のご乗車ください。
新千歳空港へおいでのお客様と千歳に到着いたします。
苫小牧方面においでのお客様とおいでのお客様は新千歳空港へは参りませんので新千歳空港に到着いたします。
室蘭線早来方面へおいでのお客様は苫小牧に到着いたします。電源をお切りください。函館線直通苫小牧方面へおいでのお客様と苫小牧方面へおいでのお客様は学園都市線直通、小樽方面へおいでのお客様は臨時快速、
この列車は、回送列車です。ご乗車になれません。
只今、お客様のボタン操作でドアの開閉ができます。ボタンを押すと、ドアが開きます。お乗りになりましたら、しゃ
緑色は個人的おもしろポイントです。
車内放送の簡略化
さて、2024年3月、札幌圏と特急列車の自動放送は大きな変化がありました。挨拶や自社線の乗り換え放送をしなくなるなどの大幅な簡略化が行われ、様々なパーツが姿を消したのです。大変残念なわけですが、ここでとある疑問が生まれます。
あれ?これ、マジキチ自動放送の内容ほぼ消えてるんじゃね???
さて、どうなっているでしょうか。一つずつ見てみましょう。
なお、ここでいう「初期放送」とは、かつて各駅の発車時刻や乗り換え列車の時刻まで案内していたころの放送です。初期放送パーツもいくつか登場していますが、今回あまり詳しい調査はできていません。ご了承ください。いつか時間があればやります。
各パーツの残存状況
【消滅】急ブレーキを使用することがありますので
2024年3月消滅。急停車することが~に表現が変わりました。JR東日本と同じ表現ですねぇ。
【更新】お立ちの際は手すりなどにおつかまりください
2024年3月より、特急列車では同一文面で録り直されています。
【消滅】皆様、おはようございます。
2024年3月消滅。少なくとも特急では、挨拶はなくなったらしいです。ホームライナーで残ってるかどうかって感じですね。
【消滅】今日も
2024年3月消滅。オレは今日が初めてだぞ!というクレームが来たのでしょうか。
【残存】JR北海道をご利用くださいましてありがとうございます
初めての残存です。
【残存】まもなく
残存。普通列車用と特急列車・731系用の2種類があることが特徴です。
【復活】出口は右側です
出口は右側駅ですね。2017年2月ごろ消滅、2024年3月復活。ダイヤ改正前からH100で確認されていましたが、「ホームは」→「出口は」に戻りました。どっちが分かりやすいんでしょうねこれ。懸念点としては、特にワンマン列車の場合、車両の後ろ側と勘違いするといった可能性がありました。それを直したかったんでしょうかね。なお、特急列車では「出口は」と一貫しています。
【更新】お降りの際は、足元にお気をつけください。
2024年3月更新。前のパーツが「列車とホームの間が、広く開いているところがありますので」となったことから、こちらも「お降りの際は足元に、お気を付けください」にパーツが更新されました。
【残存】この列車には、優先席がありますので、座席を必要とされるお客様に席をお譲りください。
奇跡的な残存といってもいいのではないでしょうか。席を譲るのは変わらないですからね。社会がヘルプマークが~とか言うように求められたら変わるかも。
【消滅】特に、お子様連れのお客様は手を離さずにお降りください。
2024年3月消滅。札幌到着前定番の放送でした。これまでのJR北海道は「家族で楽しい旅をする」という想定で放送が組み立てられている部分がありました。エスカレーターでも「お子様連れの方は、手をつないで」と流れる駅がありますよね。その想定が今回消滅。いい放送だったのに。少子化?
【消滅】携帯電話は、優先席付近では電源をお切り頂き、それ以外の場所では、マナーモードに設定の上、通話はおやめください。
2016年3月消滅。時代の流れですね。
【更新】左側です
これ実は更新されています。この時はちょっと元気のない左側です…でしたが、いつからかもうちょっと元気のよいパーツになっています。2017年にホームはと共に更新された説が濃厚ですが、間違ってるかもしれません。しかしこれ、右側はそのまま。結果として音質にも差が出ていたのが、印象的でした。
【残存】次は
次は、も何パターンかあるような気がするんですが、今回はスルーします。少なくとも、「次は、およそ3分で、終着、新千歳空港、新千歳空港です」の次は、は絶対違うような気がします。
【消滅】発寒中央へおいでのお客様は
2024年3月消滅。この類の放送はすべて消滅しました。この動画こればっかりなので、消滅祭りですよ。この放送は小樽→新千歳空港の手稲到着前で流れたものですね。
【消滅】ご乗車、ありがとうございます。
2024年3月消滅。すべて「JR北海道を~」に統一されました。細かい配慮が聞いた放送だったのに、あ~あ。
【消滅】桑園へおいでのお客様と
2024年3月消滅。これは小樽行きエアポートの札幌到着前名物でした。何度も聞きましたよ。どの乗り換え放送よりも、まず最初に桑園なんですよね。
【消滅】なお、隣の桑園で再度、
な に こ れ
隣の桑園で再度乗り換えるものって何があります? 快速で琴似→普通で桑園→八軒みたいな?
【残存】千歳線
意外にも今回路線名はなくなりませんでした。
【消滅】お降りのお客様は、忘れ物の無いようお支度ください。
2024年3月で消滅した「お支度」は加藤純子さんの時代からJR北海道の名物でした。しかしこの文面、どこで使っていたんでしたっけ?特急?
【残存】札幌に到着致します。
定番の放送。これは残っています。普通列車用と特急列車・731系用でパーツが異なる放送の一つです。
【残存】普通列車、終着
この2つもJR北海道を形作る重要な放送。残っています。JR北海道、終着へのこだわりはちゃんと持ってると思います。
【消滅】どちら様も
消滅?です。快速エアポートの札幌到着前で「どちら様も、忘れ物のないようお支度ください。チケットホルダーをご利用のお客様は、きっぷの取り忘れにもご注意ください。」って言ってましたっけ。
【残存】江別に到着致します。
ここ面白いですよね。これらの放送は問題なく残っています。
【残存】ありがとうございました。
これは今も普通に使っています。
【残存】お気をつけください。
貴重品や手回り品に、などで残っています。が、録り直されたものもあります。前と比べると減ったような気がしないでもありません。
【残存】岩見沢に到着致します。
これらの放送は問題なく残っています。おう、まだまだ残ってるじゃん。
【消滅】札幌まで、普通列車です。
これは時刻を言ってた頃に使っていた初期の言い回しで、2010年頃?に「札幌まで、普通列車で、各駅に停まります」に変更されました。
【消滅】いしかりライナーとなり
いしかりライナーとなってくださいよ~~ねぇ。
【消滅】途中
これはいしかりライナーとともに消滅したと思われます。
【復活?】琴似と手稲から
快速エアポートが区間快速的な運転をするようになり、復活したはずです。
【残存】学園都市線
琴似と手稲から学園都市線。この放送こういうところが絶妙に面白いんですよね。
【消滅】稲積公園へおいでのお客様は
2024年3月消滅。琴似到着前に流れたものですね。
【復活】手稲からは
2024年3月復活。この復活は聞いてて面白かったです。イントネーションもいい感じのパーツです。
【消滅】つり革や
2024年3月消滅。マジキチ自動放送のメインともいえるこのパーツですが、「揺れることがありますので」の消滅と合わせて聞けなくなっています。
【残存】小樽に到着致します。
これは残りましたが「小樽より先へおいでのお客様は」が消えたのが残念すぎです。旅情がない。
【消滅】野幌と江別から
いしかりライナーとともに消滅した放送です。ちなみにこの「と」は区間快速エアポートに引き継がれているんですよね。
【消滅】苗穂へおいでのお客様と
2024年3月消滅。いしかりライナーのほか、深夜の白石停車エアポートで聞けたと思われます。
【消滅】森林公園へおいでのお客様は
【消滅】高砂へおいでのお客様は
【消滅】江別からは
普通列車となり、各駅に停まりますってやつですね。
【残存】滝川に到着致します。
とはいえ、聞ける機会が深夜のみになってしまいました。
【消滅】江別までの各駅と
【消滅】厚別へおいでのお客様は
大麻到着前に流れていました。
【残存】手稲に到着いたします。
【残存】ほしみに到着いたします。
【残存】快速ニセコライナー
【消滅?】小樽の順に停まります。
2024年3月でおそらく消滅と思われます。快速ニセコライナーのみで使用されるパーツですよねこれ。
【消滅?】小樽からは
こちらも2024年3月でおそらく消滅と思われます。快速ニセコライナーってこれまでは小樽から普通だったんですけど、今回全区間快速扱いに変更された可能性が高いです。だれか見てきて~
【消滅】朝里へおいでのお客様は
【消滅】およそ2分で
さて、第二の山場ですね。近年新千歳空港や函館で「およそ〇分」の案内が復活していましたが、2分というのはなく、下車作者を悩ませていました。
【残存】倶知安に到着いたします。
聞きたいなこれ。札幌民憧れの放送です。
【消滅?】小樽まで
小樽まで、普通列車で、のためのパーツですかね?
【消滅】稲穂へおいでのお客様は
2024年3月消滅。小樽築港到着前に流れるものです。
【消滅】区間快速列車
これはなんですかね、初期にあった「あとから来ます、普通列車にお乗り換えください」関連ですかね? 2017年ごろにあった札幌駅の「駅の電光掲示板で」と同じパーツのように聞こえるのも謎です。
【残存】席を離れる際は貴重品や手回り品に
JR北海道の気遣い放送。こういうのがいいんですよね。今回残存しています。
【残存】千歳線直通
千歳線直通携帯電話。こちらは残存です。
【消滅?】携帯電話をお持ちのお客様
これ特急列車でよく聞くパーツと同じなんですかね?いま残存しているのでしょうか、調査が必要です。
【残存】新千歳空港へおいでのお客様は
終着まで、ご乗車ください。ってやつであってるんですよね。とするとこれは残っています。
【消滅】石勝線の
2024年3月消滅。「石勝線の、普通列車は」という特徴的な放送、今回消え去りました。
【消滅】苫小牧方面の
2024年3月消滅。千歳到着前に「苫小牧方面の、普通列車と」が流れていました。これ今こそ必要な放送だと思うんですけどね。
【残存】ご乗車ください。
終着まで、ご乗車ください。のアレです。残っています。
【消滅】新千歳空港へおいでのお客様と
2024年3月消滅。と思われます。
【残存】千歳に到着いたします。
マジキチ自動放送、ツッコミどころの部分です。運転手と一緒にお降りください、的な?
【消滅】苫小牧方面においでのお客様と
【消滅】おいでのお客様は
ここで区切ってるものも録ってあるんですね。
【残存】新千歳空港へは参りませんので
これは今回言う回数増えたらしいです。珍しい珍しい。
【更新】新千歳空港に到着いたします。
2024年3月更新。全面的に録り直されました。
【消滅】室蘭線早来方面へおいでのお客様は
初期放送と思われます。これよかったんですけどね。逆に737系では放送があるようです。なんでだよ。(やっぱり車掌の有無なんですかね)
【残存】苫小牧に到着いたします。
なお日中は聞けなくなりました。
【消滅】電源をお切りください。
お前が電源を切れってやつですね。しかしこれ謎パーツで「電源をお切りいただき」ではないんですよね。どこで使ってたんでしょう。
【残存】函館線直通
ほぼ道内唯一、直通運転の概念がある放送。って言ってたら、千歳発室蘭行きで直通放送が流れてるらしいんですって?
【消滅】苫小牧方面へおいでのお客様と苫小牧方面へおいでのお客様は
これは初期放送ですかね。中期からは「苫小牧方面と」となっていたので。
【消滅】学園都市線直通
かつてはあいの里公園行き普通列車で、晩年は石狩当別行きのエアポートで流れていたはずです。
【消滅】小樽方面へおいでのお客様は
これも初期放送ですかね。そういえばかつて、ほしみ行きの手稲到着前に、小樽方面は(ほしみではなく)手稲で乗り換えを~みたいな放送があったんですよね。それ?
【残存】臨時快速
ただし北広島臨時快速では今のところ流れません。ROMそろそろ作りました?
【残存】この列車は、回送列車です。ご乗車になれません。
残ってるはずです。変わってなければ。
【消滅】只今、お客様のボタン操作でドアの開閉ができます。
もう2代前の放送になりました。懐かしいですね。
【消滅】ボタンを押すと、ドアが開きます。お乗りになりましたら、しゃ
しゃっ。ここで放送が終わります。
どのくらい現存しているか
さて、改めて現存するパーツをまとめると、以下のようになります。更新パーツを下線、現存パーツを太字にしています。
急ブレーキを使用することがありますので、お立ちの際は手すりなどにおつかまりください。
皆様おはようございます。今日もJR北海道をご利用くださいましてありがとうございます。
まもなく、出口は右側です。
お降りの際は、足元にお気をつけください。
この列車には、優先席がありますので、座席を必要とされるお客様に席をお譲りください。
特に、お子様連れのお客様は手を離さずにお降りください。
携帯電話は、優先席付近では電源をお切り頂き、それ以外の場所では、マナーモードに設定の上通話はおやめください。
左側です。
次は、発寒中央へおいでのお客様はご乗車、ありがとうございます。
桑園へおいでのお客様と、なお、隣の桑園で再度、千歳線 お降りのお客様は、忘れ物の無いようお支度ください。札幌に到着致します。
普通列車、終着、どちら様も江別に到着致します。ありがとうございました。お気をつけください。岩見沢に到着致します。
札幌まで、普通列車です。
いしかりライナーとなり途中琴似と手稲から学園都市線、稲積公園へおいでのお客様は手稲からはつり革や小樽に到着致します。
野幌と江別から苗穂へおいでのお客様と森林公園へおいでのお客様は、高砂へおいでのお客様は江別からは滝川に到着致します。
江別までの各駅と厚別へおいでのお客様は手稲に到着いたします。ほしみに到着いたします。
快速ニセコライナー、小樽の順に停まります。
小樽からは朝里へおいでのお客様はおよそ2分で倶知安に到着いたします。
小樽まで稲穂へおいでのお客様は区間快速列車、席を離れる際は貴重品や手回り品に千歳線直通、携帯電話をお持ちのお客様、新千歳空港へおいでのお客様は石勝線の苫小牧方面のご乗車ください。
新千歳空港へおいでのお客様と千歳に到着いたします。
苫小牧方面においでのお客様とおいでのお客様は新千歳空港へは参りませんので新千歳空港に到着いたします。
室蘭線早来方面へおいでのお客様は苫小牧に到着いたします。電源をお切りください。函館線直通苫小牧方面へおいでのお客様と苫小牧方面へおいでのお客様は学園都市線直通、小樽方面へおいでのお客様は臨時快速、
この列車は、回送列車です。ご乗車になれません。
只今、お客様のボタン操作でドアの開閉ができます。ボタンを押すと、ドアが開きます。お乗りになりましたら、しゃ
残存率は半分程度?
いや~だいぶ減りましたね。初期放送もまぁまぁありますが、2024年3月の「〇〇へ、おいでのお客様は」の消滅が追い打ちをかけています。一方、「終着、〇〇に到着致します」はかなり残っていることも分かります。
今回の放送更新、使うパーツを減らすのは全面更新の前触れか?といううわさも出ています。しかし、終着〇〇をすべて残しているあたり、必ずしもそうでもなさそうです。
一方、かつての札幌駅ではスーパーカムイが登場して間もなく放送更新が入っており、再収録されたからと言って油断ができるわけでもありません。さて、どうなっていくでしょうか。
2024.03.16ダイヤ改正で消えた光景
あけましておめでとうございます。
鉄オタの元日、せっかくなので記事を書きます。明日の北広島行きとかも気になるんですが、まあ起きれたら、ということで。
今回のダイヤ改正、北陸新幹線の延伸が大きすぎてそれ以外が地味な印象ではありますが、いつも以上にこみあげてくる何かがあるのです。
自分の一部が改正されるようなダイヤ改正
これまで数年間の間、ダイヤ改正は関西で迎えてきました。大きな出来事は奈良線103系の引退、おおさか東線201系の引退などでしょうか。そして現在は京都の113系・117系もいなくなっているようですが、直接は知りません。これら関西のダイヤ改正もさみしいもので、特に30分間隔の路線が1時間間隔に間引かれた路線は、アーバンネットワークの衰退を感じるものでした。が、結局は特に思い入れのないというものも多く、乗ったこともない寝台特急北斗星を見送るような、そんな感覚がありました。
それに対して久しぶりに迎える北海道でのダイヤ改正は、2010年代に飽きるほど親しんできたあれこれが消える、といったことが多すぎたのです。
特に、千歳線を走り続けてきた「快速エアポート」の再編は大きな出来事です。快速エアポートはいつも混んでいて、好きか嫌いかといえば嫌いな乗り物ですが、圧倒的に身近な存在であることは確かです。それが今回3色に分かれる。身近な路線がこれほど変化したことがないんですよね。いしかりライナーの廃止くらい。しかしそれも何か新しいものが登場したわけではありませんので、直接の実感は感じないものでした。しかし今回は北広島行きができ、植苗にワンマンカーが止まる時代になります。
さて、今回はそんな2024.03.16ダイヤ改正で消えるものを、自分の視点で振り返ります。
1.923D
今回の目玉といっていいんでしょうか、札幌発旭川行きの普通列車です。これに乗って石北線のヨンマルを乗り納めに行く、というのが今回の改正の定番でした。私は石北線のヨンマルには飽きたので、行きませんでしたけど。ともかく、令和の北海道で、1番目の都市と2番目をつなぐ列車に国鉄型気動車が残っていたという衝撃の事実。

今の時期はできませんが、去年の初夏に窓を開けながら札幌駅を出発した光景が今でも思い出されます。711系の引退以降、札幌駅で窓開けが許される列車ってほぼこれだけなんですよね。40が入っていた時代の然別行きは混んでいましたし、東室蘭行きの143は冷房も入っていたので、ちょっと気まずい雰囲気でした。
そして、岩見沢で立ち往生した去年の年末。この日は岩見沢だけが大雪で、岩見沢入線時点から怪しいと思っていたのが、1時間抑止。そしてその間雪は降り続き、案の定立ち往生、しまいにはJR北海道のTwitterに掲載されるという(私にとって)伝説の回です。923Dといえば岩見沢の立ち往生を思い出すのではないでしょうか。
2.滝川行き普通列車・滝川行き普通列車

減りに減った滝川行きの普通列車が、さらに減るとはちょっと思っていませんでした。923Dは朝が早すぎるため、こちらのほうが乗車回数が圧倒的に多いですね。特に2本目。3両編成で混雑するという難点がありましたが、滝川から2429Dのスジに乗るにもちょうどよい列車でした。これに乗って滝川のスマイルビルを見に行くんですよ。でもちょっと朝早すぎて、ダイソーなどの部分は開いていない時間帯。がらんどうの吹き抜けだけを見る虚無の時間がありました。確か中は9時オープンなんでしたっけ?すべて過去の話ですね。
3.札トマの滝川行き普通列車

もっといい言い方あるんだと思いますけど、あくまで自分が言っていた言い方で書きますね。岩見沢を9時台に発車する、滝川までの間合い運用列車。上砂川支線の名残りらしく、数少ない札ナホ以外のキハ40車掌常務列車です。
この列車、実ははじめはあまり好きではありませんでした。711系が走れる区間なら711系で運用しろよ~と思っていたからです。でものちに、札トマの車両が黒字に白の「普通」を出す希少さを知ってからは、ちょっと好きになりました。でもちょっとだけで、旅の行程との相性もどうも悪かったため、あまりお世話にはならなかった列車です。
ちなみに写真の列車の後ろ側は日高色です。自分にとって最後の日高色乗車はこの列車でした。
4.快速狩勝

流れ的に、滝川から根室線に入ることにします。快速狩勝ですよ狩勝。もともと私はローカル線の快速には興味があっても乗れずじまいで、理由は通過駅の駅名標が撮影できなかったからでした。でも富良野で接続し、旭川にも滝川にも行けるこの魅力的な列車はずっと興味を持っていました。最終的には東鹿越→滝川の名無し快速に全区間乗車したのが先週の1回だけ、快速狩勝の乗車も富良野→山部間の1回のみで、少しだけ後悔が残る列車です。
写真、一応快速ワンマンって書かれてて、自分も一応この光景は見ていたのか、と安心します。曇ってて全然読めませんけど。
追記:ダイヤ改正以降の根室線は、富良野~東鹿越間がもはやアトラクションのような状態となっており、根室と滝川をつなぐ旅情などもはや感じられないようなお祭り騒ぎになっていました。このタイミングで狩勝の列車名が消滅したことは、ある意味でよかったと思っています。根室と滝川をつなぐ存在としての根室線は、この3月16日で終わったといっても過言ではないような気がします。
5.旭川20:56発 岩見沢行き普通列車
これはここ数年で魅力を感じた普通列車。名寄から来た普通列車から5分で乗り換えた先週が最初で最後の全区間乗車となりました。
この列車には留萌から乗った留萌線から乗り換えたり、東鹿越から乗った快速から乗り換えたりと、様々な旅の最後にお世話になりました。滝川で乗り換えるのもギリギリなんですよね。快速を降りたと思ったら背後から迫ってくる光。こ線橋をあわただしく移動して、滑り込む721系へ、という、あの雰囲気。

岩見沢1番線到着後は、これまた721系固定運用と思われる3+3の手稲行きに乗り換えるのもポイントです。遅れて運転してくるオホーツク・宗谷を待って、札幌方面へと帰るのです。
6.岩見沢~旭川間の721系
いや~あっという間過ぎました。というより、どう頑張っても711系の魅力には勝てないので、最初はあまり魅力を感じていなかったですよね。やっと慣れてきたら引退。あまりにも短い10年間だったと思います。
自動放送を積んだF-3015などの編成がよくやってきていたのが印象的でした。3000番台の固定運用なのか?レベル。その3000番台の編成も、今日になっても方向幕が更新されていない車両があるらしいです。廃車ですかね。残念だなぁ。
7.快速しれとこ摩周号

ちょっと区間を変えます。釧網線日中唯一の列車といっても過言ではない快速列車。「しれとこ」から名称を変えてくれと頼んだ自治体は素晴らしい仕事をしてくれたと思います。この変更がなければこの改正でただの普通列車になってたと思っています。
最後まで律儀にヘッドマークと快速サボがあったのが、さすが釧路支社の列車でした。狩勝で見逃した光景を残してくれていて、本当にありがとうございました。
普通しれとこ摩周ノロッコ号になってしまうこの列車ですが、釧網線は日中の本数増加と快速らしい快速列車の運行が必要である、とずっと思っています。今のダイヤでは日中どこも降りることができません。これでは観光路線として使い物にならないと思っています。54が撤退しH100のみになる今こそ、リクライニングクロスの速達列車が必要じゃないですかね。
8.花咲線のサボ

花咲線のサボというのは不思議な存在です。花咲線車両では方向幕に行き先を表示し、釧網線車両では「普通」そして「釧路ー根室」のサボを出すのです。よくこの2つが共存してるな、今日は刺す、明日は刺さないとか、よく間違えずに運用してるよな、と思います。釧網線の54撤退に合わせたのか、いよいよステッカー貼り付けになってしまうようです。サボ部分にステッカーは学園都市線・日高線以来の復活ですね。そして今まで釧路支社がこんなことをしたことはないので、歴史的なサボ扱い終了です。「釧路ー塘路」のサボを出す釧路湿原ノロッコ号も引退が見えていますし、本当にサボを扱う列車は減っていきます。もちろん、昨日まで平然と残っていたほうが奇跡というべきなのですけどね。ほんと平然と残っていました。当たり前のように釧路駅ホームにサボが置いてあるんですもん。
9.花咲線の方向幕
と言っていたら方向幕も消えてしまいました。え、花咲線車両の方向幕って運転士が勝手に回せるものなんじゃないの・・・
先日乗った「快速ノサップ根室」と帰りの「普通」が葬式になりました。これが最後だと思っていなかったのであまりじっくりは見ていません。ああ残念。
花咲線車両が地名を掲出するのは独特で好きでした。花咲線運輸営業所の施策だと思っていますが、釧網線の駅名も入っていますね。どこが考えてああなったのかは謎が多いです。道内でもここだけですよね。ワンマン根室。ワンマン釧路。釧網線で「ワンマン知床斜里」を出していた写真を1枚だけ見たことがあります。おそらく2000年代とかに撮影されたもの。釧網線の地名表記も見てみたかったです。

今回のダイヤ改正、以前は「快速ノサップとはなさきが存続するのは数少ないよいポイントだ!」という話をしていました。しかしこの方向幕廃止により、北海道の国鉄型車両で「快速」の文字を掲げる列車がついに消滅したことになります。スジこそ変わりなく残るものの、残念すぎる出来事です。
10.石北線のキハ150
石北のヨンマルは私も皆さんも記録していますので、今回は150を取り上げます。何より思ってしまうのは、快速狩勝のキハ150と同じく、結局乗りにいかない、ということ。40には負けちゃうんですよ。特別快速きたみにキハ150が入るのって、往時のホリデーきたみを完全に再現している神列車、だったはずなんですが、結局一度も乗りにいかずに終わっています。あーあ。狩勝の後悔はなんだったんでしょうか。

それ以外を振り返っても、石北線でキハ150に乗ったのは数回だけです。2020年の冬、まだまだ石北の150が新鮮すぎて違和感しかなかったころ、たくさんのオタクとともに将軍山に行ったことが懐かしいです。
まだまだ続きます!続きはいつか!