もみじの研究ノート

駅名標の奥深い世界へようこそ。

留萌線の駅名標たち 1 深川~石狩沼田間

留萌線石狩沼田~留萌間が廃止

こんにちは。再び道民となったもみじばしです。またどうぞよろしくお願いいたします。

留萌線石狩沼田~留萌間が廃止されました。私はこれまで最終日に現地を訪問するといった、本当の葬式鉄みたいなことをほとんどやってきませんでしたが、普段ほとんど行われることのない4両編成の普通気動車列車が運転されるということで、3月31日の最終日に現地に足を踏み入れました。

最終日ということでまさに鉄道オタクの大集合という雰囲気でもありましたが、惜しまれつつも役目を終える留萌線の姿、縮んでゆく鉄路の姿が印象に残りました。ローカル線の廃線というのはやはり寂しいことです。

意外と多彩!留萌線駅名標

さて、今回はそんな留萌線駅名標を、深川~増毛間全駅取り上げていけたらと思っています。今回はまだ3年残る石狩沼田駅までをご紹介。どうやらキハ150しか入線しなくなってしまったらしいこの区間。まさかの石狩沼田行きの登場ですが、近いうちに見に行きたいですね。

実は2種類ある深川駅

留萌線の起点は深川駅です。北海道のローカル線も色々ありますが、これほど大きな駅からこれほど利用の少ない路線が出ている例も珍しいです。PTC放送が入り、30分間隔で特急が行き交う起点駅からの路線が、すべて消えようとしているのです。

深川駅1番線(2018年5月)

深川駅には2023年4月現在でも電照式の駅名標が設置されています。非電照式の駅名標(通称ペラペラ)が2018年2月に岩見沢駅に登場したことを考えると、良く生き残っていますね。3年後の「きたいちやん」消去がタイミング的には怪しいでしょうか。ちなみに上の写真の後ろには国鉄時代からの「駅長事務室」の看板があり、これも貴重なものです。現在も残存していますが、照明は点灯しなくなってしまいました。

深川駅5番線(2023年3月)

5番線にもちゃんと駅名標があります。蛍光灯が2色に見えますが、カメラのシャッタースピードのせいです。肉眼では1色です。

ところでこの駅名標、「きたいちやん」が入っているものはゴナ、入っていないものは偽ゴナです。1997年に「きたいちゃん」が現行表記に変更された際、板ごと取り換えたためです。

2枚を比べてみると、ふかがわの「が」の部分が異なっていることが分かります。ちなみに深名線「まるやま」の表記がいびつである理由は、民営化初期の一時期、石北線と同様に仮乗降場がハブられていたのだと思われます。しかし「かみたどし」と書かれた駅名標の写真は見たことがありません。ちなみに現在、6番線側の駅名標は真っ白のアクリルとなっています。

深川駅国鉄時代の駅名標もネット検索ではすぐに出てこない状況で、謎が深いです。民営化直後の深名線留萌線はオタクに人気がなかったんでしょうか。

変化の激しい北一已駅

留萌線最初の駅は北一已です。独特な名前ですよね。この駅は1997年に「きたいちやん」に表記が修正された歴史を持っている駅です。

国鉄駅名標があった頃(2015年5月)

一昔前、この駅にはいろいろな看板が設置されていました。「きたいちやん」の国鉄駅名標、「きたいちやん」の現駅名標、「きたいちゃん」のホーロー、「きたいちゃん」の駅舎に掲げられた看板です。

「や」か「ゃ」か

ここから分かるのは、国鉄駅名標が作られた時代は「」の表記であり、ホーローが作られた1984年頃も「」であったらしいということ。

さらに、留萌駅に展示されていた、1954年に設置されたと思われる秩父別駅の筆文字駅名標には「」と書かれています。また、1974年に撮影された市町村名のない丸ゴシックの駅名標は「ゃ」「YAN」です。

というわけで、駅名表記に関してはいろいろと謎があります。読み方に関してはどうなんでしょうね。そもそもあのあたりは「いっちゃんちょう」と呼ばれていたという話はよく聞きます。

国鉄駅名標

国鉄時代の駅名標(2015年5月)

北一已駅の大きな特徴と言えたのが、この国鉄時代の駅名標でした。一度は降りて近くから見て見たかったものです。

国鉄駅名標は2015年頃に撤去されました。この駅は未訪問なので詳細は不明ですが、現在ではホームそのものが短縮されたようにも見えます。

駅名標

駅名標は1997年の改称時に板ごと交換されたタイプです。隣駅の表記位置が異なることが特徴で、同型タイプがあるのは秩父別駅・東相内駅のみです。駅名標の両脇がちょっと特殊ですね。

かつての駅名標は、このように鳥居型の枠に電球型の駅名標照明があるタイプでした。その後、駅名標照明が蛍光灯に交換されました。そしてここからが本題です。…写真適当ですみませんね。

北一已駅(2015年5月)

sta.nuttari.net

上の2枚を比較すると、2015年8月時点で、駅名標照明が丸みを帯びたものから四角形に近いものに交換されているように見えます。リンク先のサイトは、2015年9月時点の駅名標。やはり駅名標照明だけ交換されたようです。

そして、2015年11月時点で枠が新型に更新されました。駅名標照明は移設されたのでしょうか?? え、こんな2段階更新なんてある???

そしてこのタイミングで国鉄駅名標が撤去されたのかもしれません。ちなみにこの時期、駅舎の補修作業も行われていたようです。

駅名標照明は2018年12月ごろまで点灯する様子が確認されていましたが、2019年3月時点で台座を残して撤去されてしまいました。

そして4月時点では完全に撤去されました。

このような地方の駅において、撤去直前まで光っていたものが撤去される事例は個人的には珍しく感じます。そして、撤去まで2段階であることもおもしろいですね。いや、撤去はしてほしくないんですけど。

駅名標(2021年3月)

さらに、ホーロー駅名標が2021年11月頃に撤去されました。恵比島駅など留萌線の他駅とほぼ同じタイミングであったようです。

秩父別駅

秩父別駅(2018年4月)

秩父別駅北一已駅と共に交換された駅名標です。駅名標照明についてはかなり前から剥ぎ取られていたようですので、省略します。この駅は駅名標の位置が「かつて大きかった駅あるある」である、列車の停まらないホーム端に設置されていました。ホームのかなり端に1枚あるのみで、列車内からの撮影は難しかったことが思い出されます。

さて、この駅名標ですが、2020年〜2021年の冬季シーズンに、思わぬことになります。旭川支社が進めるホームの使用停止・短縮の対象となり、秩父別駅も留萌方の一部に柵が設けられ、立ち入りができなくなりました。その際駅名標は取り残され、駅名標を正面から眺めることができなくなってしまったのです。この現象、あいの風とやま鉄道や一部のJR西日本の駅などでも見られますが、北海道内では異例のことです。他には函館くらいでしょうか。

そんな駅名標でしたが、2022年8月時点で駅舎の隣に移設されました。枠や板は一切更新せずそのまま移設されたのが面白いところです。雪国らしく地面深くに設置されていたそうで、なかなか大変そうです。

主張の激しいホーロー駅名標

この秩父別駅、かつては駅舎におびただしい数の駅名標が設置されている駅として有名でした。上の画像では8枚ほど確認できますが、近年は4枚ほどに減ってしまったようです。それでも多いんですけどね。

 

板張りホームの北秩父別駅

初期タイプ特有の点線が浮く(2021年3月)

この記事を見るみなさんは、正面からの写真はもう見飽きていると思いますので、別角度からの写真を積極的に貼っておくことにします。

最近駅舎が傾き撤去されてしまった北秩父別駅。今や貴重な板張りホーム駅ですが、深川留萌道がなければなぁという感じです。この地域の交通手段の変化を象徴している駅ではあります。駅名標はゴナの標準的なもの。枠は白い塗装がはがれたものです。深名線の板張りホーム駅の駅名標が今でも残っていればこんな感じだったのでしょう。

仮乗降場時代の駅名標(2021年3月)

この駅には仮乗降場開業時からと思われる漢字主体の駅名標がそのまま残されているのが特徴でした。地元住民が作成したのでしょうか。かなりフリーダムなレイアウトです。しっかりと打ち付けられており、剥がすのが大変だったのかもしれません。何とも味のある看板でしたが、駅舎撤去とともにどこかへいってしまったようです。

謎の使用停止ホーム 石狩沼田駅

新たに始発・終着駅となった石狩沼田駅駅名標は2枚、駅舎出入口の上に掲げられたものと使用停止中のホームにあるものです。

石狩沼田駅(2021年3月)

この駅舎取り付けの駅名標ですが、電照式であってもいいはずです。・・・が、旭川支社管内では音威子府駅国鉄時代の美深駅など、ただの板を掲げる駅も目立ちます。留萌駅もその仲間ですし、標準デザインを壁に貼り付ける幌延駅や江部乙駅も仲間でしょうか。士別駅・豊富駅などでは電照式が貼り付けてありますけどね。壁面の駅名標がただの板なのはちょっと物足りなさも感じます。

タイプとしては標準的なゴナタイプ。屋根で守られているおかげで状態も良好です、が、後述のように板が打ち付けられてしまいましたし、廃止後どのように保存されるかは不透明です。

石狩沼田〜留萌間廃止後、下半分に宗谷線のような板が打ち付けられました。これは余命3年であることを考えたのか、今までにない簡易的な修正方法で、フォントやレイアウトは旭川支社では珍しい新ゴBの標準的なものです。と思いきや、ハイフンの後のローマ字が大文字になっていませんね。そこだけは旧デザインを引き継いだんですね。

謎の深い使用停止ホームの駅名標

使用停止されたホームの駅名標(2015年5月)

この駅には駅舎の向かい側に留萌線最大の謎と言っていい駅名標がありました。1994年ごろに停止された2番線・3番線側に駅名標、そして名所案内がずっと残っていたのです。で、残っているだけなら栗丘とかと同じか?となるんですけど。

なんと2018年6月時点で枠が更新されたのです。一体なぜ使用停止されたホームの枠を更新するのでしょう??? 訳のわからない話です。駅名標的にはこのホームは生きているようです。

その後、この駅名標は2023年3月31日まで残り続けました。廃止後果たしてどのような修正が行われるか、注目していました。

が、あっけなく撤去されました。この5年で扱いがまるっきり変わってしまったようで、残念なことです。こういうのを見ていると、JR北海道駅名標が現在進行形で衰退していくのを感じてしまいます。全国的にもですけどね。

ところでこの駅名標、3番線側に駅名の表記があるのかどうかも気になります。誰かドローンでも飛ばして確認してほしかったですね? もちろん許可取って。

なお、このように使用停止されたホームに駅名標が残っている駅は、他には栗丘・新夕張厚床などが挙げられます。特に厚床は使用停止後にまるごと交換されるという石狩沼田以上に謎の駅です。さらに留萌・かつての庶路・十勝清水、使用停止された部分に駅名標が取り残された秩父別・栗沢も見た目的には同じような感じでしょうか。

さて、この区間だけでも盛りだくさんな内容となりました。あまりに短くなってしまった留萌線ですが、駅名標に注目して訪れてみてはいかがでしょうか。次回からは廃止区間駅名標に迫っていきたいと思います。